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    <title>すみだ川雑誌</title>
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    <itunes:summary>私の下町散策ノート</itunes:summary>
    <itunes:keywords>隅田川 散歩 下町</itunes:keywords>
    
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      <title>トイスラー記念館</title>
      <link>http://sumidagawa.daizyoubu.net/article/25166695.html</link>
      <description>かつて外国人居留地であった中央区明石町。広大な敷地に高層建築が聳え立つ聖路加国際病院の庭に、可愛い洋館がつつましく建っている。もともとは1933年、明石町19番地に聖路加国際病院の宣教師館として建設されたものを、1989年に聖路加ガーデン敷地より移築復元したものだそうで、この病院の創設者、ルドルフ・トイスラー博士の名を冠してトイスラー記念館と呼ばれているようです。柱と梁を強調したハーフティンバー調の外壁と、ゆるやかに曲線を描く屋根が素敵な、ヨーロッパの田舎屋のような雰囲気の建物。庭園の緑とあいまって、心安らぐ空間を作り出しています。（聖路加国際病院 トイスラー記念館：中央区明石町10）</description>
      <pubDate>Sun, 04 Jan 2009 16:40:25 +0900</pubDate>
      <category>建築物</category>
      <author>Tsu55</author>
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      <title>三囲神社の三柱鳥居</title>
      <link>http://sumidagawa.daizyoubu.net/article/25131197.html</link>
      <description>三越・三井家に縁が深いと言われている、墨堤下の三囲神社。その境内の奥、木立に囲まれた中にあるのが、この珍しい三本柱の鳥居。何か、ちょっと神秘的な雰囲気を漂わせている。説明書きには「三角石鳥居。三井邸より移す。原形は京都・太秦 木島神社にある」とあるので、蚕の社（かいこのやしろ）として知られる木島神社（このしまじんじゃ）にある三柱鳥居を模したものらしい。木島神社と三囲神社には共に境内に三井家の祖霊を祀る「顕名（あきな）霊社」という社がある。木島神社を信仰していた京都の越後屋が東京に進出する際に三囲神社を東京での三井家の守護神と定めて崇めたということなのだろう。（三囲神社：墨田区向島2-5-17） </description>
      <pubDate>Sat, 03 Jan 2009 23:18:37 +0900</pubDate>
      <category>お寺と神社</category>
      <author>Tsu55</author>
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      <title>蔵の街、北千住</title>
      <link>http://sumidagawa.daizyoubu.net/article/24602212.html</link>
      <description>日光街道の宿場町として栄えた北千住には古い蔵が多く残されている。現在50棟ほどの蔵がこの街にあるそうだが、その中には喫茶店として活用されているものや、千住を訪れる人のための案内所（千住歴史プチテラス）として使われているものもある。ラビリンスのような路地裏を散歩するとき、何気なく見上げた狭い空のなかに古びた蔵を見つける、ということもしばしばあって、なかなか楽しい。（千住歴史プチテラス：足立区千住河原町21-11 喫茶蔵：足立区千住1-34-10 ）</description>
      <pubDate>Sun, 21 Dec 2008 18:29:25 +0900</pubDate>
      <category>建築物</category>
      <author>Tsu55</author>
          </item>
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      <title>地蔵坂</title>
      <link>http://sumidagawa.daizyoubu.net/article/24292758.html</link>
      <description>ほとんど高低差のない平坦な土地が広がる隅田川左岸には、だから原則として坂というものはない。墨堤通りと水戸街道を結ぶ地蔵坂通りと呼ばれている道路は、確かにその墨堤通りと出会うあたりに、僅かに勾配があって、まぁ坂といえば坂に違いないのだが、実のところ、かつて徳川吉宗が命じて作らせた土手上の道であった墨堤通りに上るためにつくられた勾配なのだ。道の両側にはシャッターと空地の目立つ地蔵坂通りの商店街。その坂上にある子育て地蔵尊には参拝者が絶えることなく、供えられた花が目に鮮やかだ。（子育て地蔵：墨田区東向島3-2）</description>
      <pubDate>Sun, 14 Dec 2008 21:33:07 +0900</pubDate>
      <category>お寺と神社</category>
      <author>Tsu55</author>
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      <title>川鵜</title>
      <link>http://sumidagawa.daizyoubu.net/article/23990429.html</link>
      <description>近ごろ、隅田川で鵜をよく見かける。水面を静かに泳いでいたと思ったら、突然水中に没し、しばらくすると数十メートルも離れてところから顔を出したりして、その潜水能力の高さを見せつける。身体がやや小さいように見受けられるので、おそらく海鵜ではなく、川鵜だろう。この鳥は全国的に個体数が増えているそうで、群を成した川鵜が鮎などの川魚を食い荒らしたり、糞で木を枯らしたりといった事が、があちこちで起きているそうだ。隅田川ではまだポツリポツリと見かけるだけで、群といえるほどの数には至ってないし、漁で生計を立てているという人もいないので、今のところ、大きな影響はないようだ。まぁ、鵜がいると言う事は餌になる魚がたくさんいるということで、この川の水質が改善されてきたことの証左でもあるので、今のところは喜ばしいことだと思っておこう。</description>
      <pubDate>Sun, 07 Dec 2008 22:33:37 +0900</pubDate>
      <category>水辺の生き物</category>
      <author>Tsu55</author>
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      <title>湾処</title>
      <link>http://sumidagawa.daizyoubu.net/article/23319378.html</link>
      <description>湾処というのは、あまり馴染みのない言葉だが（恥ずかしながらつい数年前に始めてこの言葉を知った）、大きい河の岸辺に出来る水たまり・入り江のことだそうだ。もともとは淀川の改修工事により自然発生的にできたものを指していたものらしく、関西では比較的ポピュラーな言葉なのかも知れない。荒川区汐入付近の隅田川右岸は緩傾斜堤防とスーパー堤防になっていてその水際に小さな入り江＝湾処が造られている。人工の湾処を水生植物や水棲生物のためのサンクチュアリーにして、自然環境の改善に役立てるという試みなのだろう。従来の「堤防＝治水」という考え方から、国土交通省が一歩前に踏み出したということだろうか。ちょっとだけ国交省を見直した。</description>
      <pubDate>Mon, 24 Nov 2008 19:47:56 +0900</pubDate>
      <category>水辺を歩く</category>
      <author>Tsu55</author>
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      <title>池波正太郎記念文庫</title>
      <link>http://sumidagawa.daizyoubu.net/article/22557610.html</link>
      <description>男はオジサンになると何故か時代小説が好きになるらしい。斯くいう言う私も若い頃には時代小説など見向きもしなかったのに近頃は藤沢周平や池波正太郎をよく読むようになった。さて、ここは、台東区生涯学習センターの中にある池波正太郎記念文庫。池波家から寄贈された遺愛品・原稿の実物や、自筆画、生前のままに復元した書斎などが展示されている。また、時代小説コーナーには日本の時代小説８０００冊を収蔵、約３０００冊が常時展示され、申し出れば閲覧もできる。まさに時代小説大好きオジサンの聖地だ。（池波正太郎記念文庫：台東区西浅草3-25-16 台東区生涯学習センター１階）</description>
      <pubDate>Fri, 07 Nov 2008 23:16:33 +0900</pubDate>
      <category>博物館・資料館</category>
      <author>Tsu55</author>
          </item>
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      <title>柳橋</title>
      <link>http://sumidagawa.daizyoubu.net/article/22366308.html</link>
      <description>三鷹市の井の頭池を水源とする神田川が、都心を抜けて隅田川に合流する辺りにあるのが柳橋。幸田文の小説「流れる」の舞台にもなった柳橋は、かつては東京でも屈指の花街といわれたそうだが、現在はすっかり廃れてしまっている。辺りはビルに囲まれてしまい、神田川に舫う屋形船の姿に、わずかに昔日の面影を偲ぶばかりだ。（柳橋：右岸は中央区東日本橋2丁目、左岸は台東区柳橋1丁目）</description>
      <pubDate>Mon, 03 Nov 2008 20:33:45 +0900</pubDate>
      <category>隅田川橋尽くし番外編</category>
      <author>Tsu55</author>
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      <title>オープンテラスカフェ？</title>
      <link>http://sumidagawa.daizyoubu.net/article/22319469.html</link>
      <description>浅草六区、場外馬券場の裏手にある、普段はちょっと寂れた感じのする飲み屋街。さすが競馬のある休日は、この写真のような繁盛振り。元祖オープンテラスカフェ？ の店先は、モツ煮にチューハイ。談笑する人々のどの顔もにこやか、天下泰平。（初音小路：台東区浅草2-7）</description>
      <pubDate>Sun, 02 Nov 2008 22:30:58 +0900</pubDate>
      <category>旨いもの</category>
      <author>Tsu55</author>
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      <title>鳩の町の喫茶店</title>
      <link>http://sumidagawa.daizyoubu.net/article/22264501.html</link>
      <description>『原色の街』（吉行淳之介）の舞台にもなった「鳩の町通り商店街」。終戦後の一時期、色街として栄えた場所がだが、今はシャッターの目立つ寂しい商店街となっている。そんな町の古い薬屋さんの店舗を利用したレトロな雰囲気の喫茶店「こぐま」。テーブルは小学校の机。足踏み式のミシンやボンボン時計、など、インテリアも懐かしい。（こぐま：墨田区東向島1-23-14）</description>
      <pubDate>Sat, 01 Nov 2008 23:03:46 +0900</pubDate>
      <category>旨いもの</category>
      <author>Tsu55</author>
          </item>
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      <title>両国回向院の水子塚</title>
      <link>http://sumidagawa.daizyoubu.net/article/21435132.html</link>
      <description>「振袖火事」の名で知られる明暦の大火亡くなられた、身元や身寄りのわからない人々の冥福を祈るために建てられたという両国の回向院。勧進相撲にまつわる「力塚」や動物供養の馬頭観音堂、また鼠小僧次郎吉の墓など見所は多い。今回訪れたのは、その鼠小僧の墓の少し奥にある「水子塚」。回向院のＨＰによれば、この塚は寛政五年(1793)、時の老中松平定信の命によって造立されたもので、水子供養の発祥ということだそうだ。正面には地蔵菩薩坐像が浮彫にされた古びた塔が建ち、その周りを可愛いお地蔵様が大勢、風車（かざぐるま）とともに取り囲んでいる。静かでやさしい空間だ。撮影を終えた後、型どおり手を合わせ、顔をあげたその瞬間、色鮮やかな風車がくるくると音もなく回りだした。いや、偶然なのだろうが、私のささやかな祈りに対して水子の霊が答えたような気がして、少しうろたえてしまった。（回向院：墨田区両国 2-8-10）</description>
      <pubDate>Sun, 19 Oct 2008 17:42:33 +0900</pubDate>
      <category>お寺と神社</category>
      <author>Tsu55</author>
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      <title>両国橋</title>
      <link>http://sumidagawa.daizyoubu.net/article/20907098.html</link>
      <description>明暦の大火(1657)の際、逃げ場をなくた民衆が避難できず多くの犠牲者を出したことをきっかけに架橋が決まったという両国橋。流出や焼落、破損により何度も架け替えがなされ、明治30年8月10日の花火大会の最中に、群集の重みに耐え切れず欄干が崩落した両国橋。関東大震災では大きな損傷も無く生き残ったが、震災復興事業として、昭和7年に架け替えられた両国橋。「災害」という言葉が最もよく似合う橋。両国橋。近くに、明暦の大火の焼死者をはじめとして、安政大地震の犠牲者や海難事故の水死者やなど、多くの無縁仏の菩提を弔う両国回向院がある。（両国橋：左岸は墨田区両国1丁目、右岸は中央区東日本橋2丁目）</description>
      <pubDate>Fri, 10 Oct 2008 23:15:13 +0900</pubDate>
      <category>隅田川橋尽くし</category>
      <author>Tsu55</author>
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      <title>ぬりえ美術館</title>
      <link>http://sumidagawa.daizyoubu.net/article/20611505.html</link>
      <description>「喜一のぬりえ」で知られる蔦谷喜一の作品を展示する「ぬりえ美術館」。都電の町屋2丁目停留所から、徒歩7分くらい。尾久の原公園の近くにある可愛らしい入り口の、こじんまりとした美術館だ。（ぬりえ美術館：荒川区町屋4-11-8）</description>
      <pubDate>Sun, 05 Oct 2008 22:41:19 +0900</pubDate>
      <category>博物館・資料館</category>
      <author>Tsu55</author>
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      <title>ベンケイガニ</title>
      <link>http://sumidagawa.daizyoubu.net/article/20125802.html</link>
      <description>近年、汐入（荒川区）あたりの川岸でベンケイガニの姿がよく見られるようになったのは、人工的に湾処を造ったりして生き物が住みやすい環境が少しずつ整ってきたからなのだろうか。写真は、もっと下流の両国橋付近で、水溜りに落ちていたポテトチップスを漁っていたベンケイガニ君。コンクリートで固められた、殺風景な親水テラスの僅かな隙間を住まいにしているらしい。都会に生活する生き物の、逞しさを見た気がした。</description>
      <pubDate>Sat, 27 Sep 2008 20:55:14 +0900</pubDate>
      <category>水辺の生き物</category>
      <author>Tsu55</author>
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      <title>昔はなし柳塚</title>
      <link>http://sumidagawa.daizyoubu.net/article/19786637.html</link>
      <description>墨田区業平5-7にある妙見山法性寺。柳島の妙見様といったほうが通りがいい。1492年開基の墨田区でもっとも古い寺院ということだそうだ。かつてはこの周辺は江戸市中から観光をかねた参拝客が多く訪れる場所だったようで、浮世絵の「江戸名所絵図」などを見ると、うっとりするような美しさだった事がわかる。それが現在では、周囲は住宅密集地となって、お寺の本堂はレンガ色のマンションの１・２階部分に収まっている。なんという変わり様だろう。境内には葛飾北斎検証費や近松門左衛門碑をはじめとして、芸能・芸術にまつわる石碑が多く立ち並んでいるが、今回のお目当ては「昔はなし柳塚」。明治時代、同じ墨田区の木母寺に三遊派が三遊塚を建てており、おそらく三遊派と覇を競っていた柳派がその存在を誇示するために建てたものだと思う。他にも境内には桂文治（六世）の碑というのもあるし、また落語の「中村仲蔵」では「忠臣蔵」五段目の斧定九郎の役を割り当てられた仲蔵が、役作りを工夫するために、この寺に願掛けをしたことになっている。なにかと落語に縁のある寺のようだ。（法性寺：墨田区業平5-7）</description>
      <pubDate>Sun, 21 Sep 2008 14:42:08 +0900</pubDate>
      <category>落語</category>
      <author>Tsu55</author>
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