明暦の大火(1657)の際、逃げ場をなくた民衆が避難できず多くの犠牲者を出したことをきっかけに架橋が決まったという両国橋。

流出や焼落、破損により何度も架け替えがなされ、明治30年8月10日の花火大会の最中に、群集の重みに耐え切れず欄干が崩落した両国橋。関東大震災では大きな損傷も無く生き残ったが、震災復興事業として、昭和7年に架け替えられた両国橋。「災害」という言葉が最もよく似合う橋。両国橋。

近くに、明暦の大火の焼死者をはじめとして、安政大地震の犠牲者や海難事故の水死者やなど、多くの無縁仏の菩提を弔う両国回向院がある。
(両国橋:左岸は墨田区両国1丁目、右岸は中央区東日本橋2丁目)


