亀戸に三業地があったことをこの香取神社の玉垣を見るまでは知らなかった。
墨田区の白髭神社には赤線時代のカフエー組合の名が彫られた玉垣があったが、古い神社の玉垣を見て歩くと意外な発見があるものだ。

亀戸の三業地は日露戦争後の明治38年、亀戸天神の裏手に待合・料理屋・芸妓屋が集まって生まれたという。関東大震災後には焼け出された浅草十二階裏の銘酒屋が流れてきてたいそう賑わったそうだ。
今では街のどこにも、そんな歴史を覗わせる雰囲気は残っていない。
(香取神社:江東区亀戸3-57-22)
亀戸に三業地があったことをこの香取神社の玉垣を見るまでは知らなかった。
墨田区の白髭神社には赤線時代のカフエー組合の名が彫られた玉垣があったが、古い神社の玉垣を見て歩くと意外な発見があるものだ。

亀戸の三業地は日露戦争後の明治38年、亀戸天神の裏手に待合・料理屋・芸妓屋が集まって生まれたという。関東大震災後には焼け出された浅草十二階裏の銘酒屋が流れてきてたいそう賑わったそうだ。
今では街のどこにも、そんな歴史を覗わせる雰囲気は残っていない。
(香取神社:江東区亀戸3-57-22)
いやぁ、ほんとに地元。
紹介されてる、亀戸三業地を今週末にでも散歩がてら見に行こうと思います。