亀戸に三業地があったことをこの香取神社の玉垣を見るまでは知らなかった。
墨田区の白髭神社には赤線時代のカフエー組合の名が彫られた玉垣があったが、古い神社の玉垣を見て歩くと意外な発見があるものだ。

亀戸の三業地は日露戦争後の明治38年、亀戸天神の裏手に待合・料理屋・芸妓屋が集まって生まれたという。関東大震災後には焼け出された浅草十二階裏の銘酒屋が流れてきてたいそう賑わったそうだ。
今では街のどこにも、そんな歴史を覗わせる雰囲気は残っていない。
(香取神社:江東区亀戸3-57-22)
亀戸に三業地があったことをこの香取神社の玉垣を見るまでは知らなかった。
墨田区の白髭神社には赤線時代のカフエー組合の名が彫られた玉垣があったが、古い神社の玉垣を見て歩くと意外な発見があるものだ。

亀戸の三業地は日露戦争後の明治38年、亀戸天神の裏手に待合・料理屋・芸妓屋が集まって生まれたという。関東大震災後には焼け出された浅草十二階裏の銘酒屋が流れてきてたいそう賑わったそうだ。
今では街のどこにも、そんな歴史を覗わせる雰囲気は残っていない。
(香取神社:江東区亀戸3-57-22)
台東区と墨田区にある隅田公園をつなぐ、隅田川唯一の歩行者専用橋。
両岸に接する部分がそれぞれ二つに分かれて、上から見るとX字型になっている、珍しい形の橋だ。

車の通らない橋は、四季を通じてゆったりと歩ける貴重な散歩道だ。

(桜橋:西岸は台東区今戸1、東岸は墨田区向島2)
「春のうららの隅田川……」で始まる「花」の作詞者、武島羽衣の詩碑。
隅田川右岸の言問橋から上流に100m程行った隅田公園の中、桜の木下に佇んでいる。

武島羽衣(本名又次郎)は、帝国大学文科卒業後、東京女高師、東京音楽学校、日本女子大などで教鞭をとり、女子教育に専心した人だが、その教え子たちが新体詩人武島羽衣の名を後世に伝えるためにこの詩碑を建てたという。
(武島羽衣詩碑:台東区花川戸1-1 隅田公園内)
本所吾妻橋の満願堂。
年期を増しても食べたいものは
土手のきんつば
さつまいも
吉原の遊女が年期を増しても食べたいと云う、さつま芋のきんつば。
吾妻橋の店が本店だと思っていたが、いつの間にか浅草のオレンジ通り店(台東区浅草1-21-5)が本店ということになっていた。
出来立ての、まだ温かいうちに食べるのが旨い。

(満願堂:墨田区吾妻橋1-19-16)