木母寺は謡曲「隅田川」をはじめ歌舞伎や舞踊など多くの芸能に影響を与えた、梅若伝説にゆかりのお寺。
創建は平安時代中期の貞元2年(977)で、信夫藤太(しのぶとうた)という人買いに欺かれ、この地に命を落とした梅若丸を弔うために天台宗の僧、忠円阿闍梨が塚を築いたのが創建の由来ということだ。
現在、寺は元の場所から150メートルほど隅田川よりの、防災団地と堤防に囲まれた白髭防災拠点の中に移されていて、梅若伝説を伝える梅若堂は、防火上の必要から巨大なガラスケースに覆われ、ちょっと不思議な光景になっている。
ここはまた芸事に御利益のあるお寺として多くの芸能関係者の信仰を集めているそうで、芸能に関する石碑もいくつかある。
そのひとつに三遊亭円朝が明治22年に建立したという三遊塚があって、師匠の円生の追福を祈念して建てたものだと伝えられている。
もっとも、明治20年代といえば落語界が三遊派と柳派に分かれて覇を競っていた時代でなので、三遊派の発展を祈願するという意味合いが強いのではないかと思う。
(ちなみに柳派は同時期に同じ区内の法性寺(墨田区業平5-7)に「昔ばなし柳塚」を建てている)

(木母寺:墨田区堤通り2-16-1)




