石でできた牛の像を撫でると体の悪い所が治るという言い伝えのある牛島神社(牛御前)だが、境内にある案内板によると、大宝律令の時代、このあたりには「浮嶋牛牧」という官牧つまり、国営の牧場があったそうだ。

下って明治時代、文明開化とともに牛乳を飲むという習慣が我が国に入ってくると、この付近にも大倉財閥の大倉牧場をはじめとして、乳牛を飼う牧場がいくつかできた。
「野菊の墓」の伊藤左千夫も今のJR錦糸町駅前で牧場をやっていたそうで、今の錦糸町の賑わいからはちょっと想像ができない。
それに、文学者と牧場という取り合わせもなんだかピンと来ないが、石川啄木も確か渋谷で牧場をやっていたはずだし、そういえば芥川龍之介の父親も搾乳業に勤めていたはずで、おそらく牧場とか搾乳業とかは明治の時代には流行の先端を行く業種で、何か文化的な香りのする仕事であったに違いない、などと想像してみた。
(牛島神社:墨田区向島1-4-5)



