2010年09月20日

旧月島警察署西仲通交番

「月島西仲通り商店街」、通称“もんじゃストリート”と呼ばれる通りにひっそりと建つ「交番」。
レトロな雰囲気がなんともいい感じなのだが、ちょっと違和感がある。

月島仲通交番

よく見ると、普通、交番の入り口には赤色標灯が付いている筈なのに、ここの「交番」の庇の裏についているのは青色標灯。これが違和感の原因だ。
この「交番」、月島警察署の前身である京橋月島警察署が大正10年頃に設置した巡査派出所の1つ。大正15年に木造から鉄筋コンクリート造りに改築、警視庁最古の現役交番として活躍していたが、平成19年に廃止され、現在は「地域安全センター」として使われているという。青色標灯は「地域安全センター」の標しなのだ。
ちなみに中途半端な位置に建っているように見えるのは、交番が先に建っていたのが後に道路が拡張した為、歩道からはみ出した格好になってしまったということで、地元住民から「はみだし交番」と呼ばれているそうだ。

(月島警察署西仲通地域安全センター:中央区月島三丁目4番3号)

posted by Tsu55 at 2010年09月20日 18:07 | Comment(5) | TrackBack(0) | 建築物

2010年08月28日

深川東京モダン館

地下鉄門前仲町から徒歩3分の所にある深川東京モダン館は、国登録有形文化財建造物「旧東京市深川食堂」をリノベーションして開設された江東区の観光/展示施設。

深川食堂

深川食堂とは、低所得者に安く食事を提供するために、旧東京市によって市内に16ヶ所作られた市設食堂のうちのひとつで、昭和7年に関東大震災からの復興事業として建設されたものだそうだ。
その後、太平洋戦争では東京大空襲で内部が焼けたものの、戦後は改修されて職業安定所や内職紹介所、福祉作業所などに利用されたという。

深川東京モダン館02

現在は1階が江東区の観光名所を紹介する展示施設、2階がインスタレーションや落語会などのイベントが開かれるスペースになっている。
躯体以外は綺麗にリフォームされているけれども階段室のタイルは建設当時のものがそのまま残っていて、レトロな雰囲気を醸し出している。

(深川東京モダン館:江東区門前仲町1-19-15 )

posted by Tsu55 at 2010年08月28日 22:20 | Comment(3) | TrackBack(0) | 建築物

2010年07月25日

新吉原・弁天池跡

夜になればネオンが眩く輝くだろう吉原のソープ街を、真昼間にカメラ片手に歩くのは、なんだか場違いのような、恥ずかしいような、妙な気分だ。

吉原弁天01

ここは吉原遊郭の中にあった弁天池の跡地。
この池はかつて「花園池」「弁天池」の名で呼ばれ、その端にあった弁天祠は、遊郭楼主の信仰を集めていたという。しかし、大正12年9月1日、相模湾北西沖80kmの海底を震源とするマグニチュード7.9の大地震が関東一円を襲った。関東大震災だ。死者・行方不明者10万5000人余という大惨事だった。
吉原遊郭にも地震による凄まじい業火が襲った。しかし、娼妓たちの逃亡を防ぐため大門を閉じたので、逃げ遅れた娼妓たちがこの池に飛び込み490人が溺死あるいは焼死したという。
弁天祠付近の築山に大きな観音像が建っているが、震災で亡くなった娼妓たちの供養のため大正15年に造立されたものだそうだ。

昭和34年吉原電話局(現在の吉原ビル)の建設に伴う埋め立て工事のため、池はコンクリートで固められたバスタブ位の大きさのものになってしまい、かつての様子を想像することもできない。

(吉原弁財天:台東区千束3-22)

posted by Tsu55 at 2010年07月25日 17:44 | Comment(2) | TrackBack(0) | お寺と神社

2010年04月18日

義民伝説・宗吾殿

地下鉄銀座線田原町駅から歩いて3分ほどの所、国際通りから一本入った通りに面して、「義民」として親しまれている佐倉宗吾(惣五郎)に因む「宗吾殿」がある。

宗吾殿

江戸時代、佐倉藩では、年貢租税があまりにも重いため、農民は疲弊していた。公津村(現在の千葉県成田市台方)の名主であった惣五郎は農民のために藩主堀田氏による苛政を将軍徳川家綱に直訴した。その結果、藩主の苛政は収められたが、惣五郎は妻や子どもとともに死罪になった。その後、堀田氏が改易になったことから、惣五郎の祟りと噂されるようになり、佐倉藩の歴代藩主は佐倉惣五郎の霊を弔い続けました。宗吾殿は、改易後に宮川藩(滋賀県)の藩主となった堀田氏の江戸屋敷内に建立したもので、1803(享和5)年に惣五郎回忌の法要が営まれ、その頃に建てられたということだ。現在の御堂は昭和27年(1952)、300回忌を記念して再建されたものだ。

宗吾殿

ビルの谷間にへばりつくように建っている宗吾殿の前に立つと、正面の門には「歌舞伎座」の文字が大きく彫られ、玉垣にも有名な歌舞伎俳優の名前を見つける事ができる。芝居の題材にもなっている(「佐倉義民伝」)ので、歌舞伎関係の、信仰も篤いのだろう。

(宗吾殿:東京都台東区寿3-19-12)

posted by Tsu55 at 2010年04月18日 19:45 | Comment(2) | TrackBack(0) | 文学散歩