平成18年(2006)6月に開園した荒川区立瑞光橋公園。
SLが使う石炭を隅田川貨物駅に運ぶための運河を利用して造られた公園だ。公園の中央の旧運河は流れもなく波も少ないので、さまざまな水鳥が羽を休めにやってくる。

こちらはキンクロハジロというカモの仲間の渡り鳥。
ぽっちゃりとしたスタイルが可愛くてカメラを向けたが、PCの画面でよく見ると目が怖い。
(荒川区立瑞光橋公園:東京都荒川区南千住8丁目)
平成18年(2006)6月に開園した荒川区立瑞光橋公園。
SLが使う石炭を隅田川貨物駅に運ぶための運河を利用して造られた公園だ。公園の中央の旧運河は流れもなく波も少ないので、さまざまな水鳥が羽を休めにやってくる。

こちらはキンクロハジロというカモの仲間の渡り鳥。
ぽっちゃりとしたスタイルが可愛くてカメラを向けたが、PCの画面でよく見ると目が怖い。
(荒川区立瑞光橋公園:東京都荒川区南千住8丁目)
待乳山聖天は隅田川と山谷掘りが交わるあたりの小高い丘の上にある古刹。
浅草寺の子院だが、浅草の中心から外れているせいか、観光客でごった返す浅草寺より、「江戸」を感じさせてくれる好スポットだ。
その待乳山聖天わきの台東区立待乳山公園に「池波正太郎生誕の地」という碑が建っている。
池波正太郎は、大正12年、旧東京市浅草区聖天町61番地(現在の東京都台東区浅草7丁目3番付近、「待乳山聖天」の少し南側にあたる)で誕生したそうだ。

自分の生地について池波正太郎は次のように書いている。
私は、大正十二年一月二十五日の朝、浅草の聖天町に生まれた。
(中略)
間もなく関東大震災が起こり、私は父母と共に、埼玉県浦和市に逃れ、そこに六年間を暮らしたから、聖天町の生家の記憶はないし、いまは町の姿もすっかり変わって、祖母や母から聞かされた、あたりの風物を偲ぶこともできない。(『江戸切絵図散歩』)
この聖天町に、正太郎は生後間もなくの数ヶ月しか住んでいない。けれども、このあたりは正太郎の時代小説の舞台であり、何よりも池波正太郎というキャラクターと、この待乳山聖天の雰囲気がピッタリとマッチしていて、この場所こそ池波正太郎の生地というか「聖地」にふさわしいではないかという気する。
(池波正太郎の生誕地碑:台東区浅草7-4-9台東区立待乳山聖天公園内)
吾妻橋。鮮やかな赤い塗装が印象的な橋だ。この色に塗られたのは何時の頃からだったのだろうか。私の幼い頃はもっと地味な色だったような気がするが、はっきりとはおぼえていない。

それはともかく、浅草の中心部とアサヒビール本社のある墨田リバーサイド地区という謂わば「ハレ」の場を結ぶこの橋には現在の鮮やかな赤い塗装が似合っているように思う。

昔は隅田川の川幅はもっと広く、水量があった。上の写真左側に写っているアーチ部分は現在塞がれているが、かつてはこの部分まで川のなかにあった筈だ。
(吾妻橋:西岸は台東区雷門1丁目と花川戸1丁目、東岸は墨田区吾妻橋1丁目)
隅田公園(墨田区側)の南の端近くに墨田区教育委員会の立てた「堀辰雄住居跡」という案内板があるのを見つけた。
堀辰雄の一家は1910年(明治43年)、辰雄6歳のときにこの場所に引っ越してきた。

それ以前は近くの小梅町に住んでいたが、明治42年の大洪水で家が水に浸かったために、比較的被害の少なかった新小梅町に移ったのだという。
その頃のことを辰雄は『幼年時代』という随筆の中で次のように回想している。
私の家の裏手はまだ一めんの芒原になっていて、大きな溝を隔てて、すぐその向うが華族のお屋敷になっていた。
(中略)
ときおりその一家の人達がその庭園の中に逍ったり、その花の世話をしたりしているのを見かけると、私の胸には何とも云いようのない寂しい気もちと、それから生ずる一種のとりとめのない憧憬の心とが湧いてきた。
そういう自分たちのいる世界とは全く別の世界があるという発見は、もう一つの物語の世界の発見と相俟って、他のいかなる大きな現実の出来事よりも、私の小さな人生の上にその影響を徐々に目立たせて行った。
辰雄少年が家の裏手で見つけた「全く別の世界」が、その後、小説家堀辰雄の誕生に少なからず影響を与えたのではないかと私は考えているのだけれど、どうだろう?
(堀辰雄旧居:墨田区向島1-7-6)
東武伊勢崎線東向島駅のホームの下にある東武博物館が、今年の7月にリニューアルオープンしたというので、行ってみた。

高架線の下にあるので、列車が通るとゴーッという音と振動が伝わってくる。臨場感満点だ。
展示物には、東武鉄道開業当初のBテンダー蒸気機関車や日光軌道の2車体3台車連接式車両など珍しい車体の実物があって興味を引かれる。2009年7月のリニューアルでは通称「ネコヒゲ」と呼ばれる5700型5701号や東武鉄道最初の電気機関車ED101形101号が加わった。

古い車両の座席から窓の外を振り返ると、東向島駅がまだ玉の井駅といっていた頃、高架駅ではなくて、まだ地上にあった頃の、あの下町の風景が見えるような気がした。
(東武博物館:墨田区東向島4-28-6)
名前 : Tsu55
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東京・下町に住む、電脳大好きオヤジです。
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